Chef Jacobの思い出

chefjacobLate Chef Jacob’s last calendar in which his session schedule with us is mentioned.

南インドの古代料理の研究などに尽力されたシェフ、Jacob Sahaya Kumar Aruni氏が、2012年11月4日に心臓発作で37歳の若さで急逝されてから1年以上が経ちました。シェフと最後にお会いしたのは、その1週間前。あの日のことを思い出すと今でも冷静でいられなくなるのですが、クリスチャンであったシェフに想いを込めて、クリスマスイヴの日に、シェフの思い出をここに記しておくことにしました。いつまでもただ悲しんでいるわけにはいけない、残された私たちに託されたものがあると感じるからです。

2008年にチェンナイに来た当初からシェフの活動に注目し、2012年7月に彼がオーナーシェフを務める南インド料理レストラン「Jakob’s Kitchen」がオープンしてからは足繁く通うようになりました(オープンの数週間前、街を歩いていると見慣れないレストランの看板を発見し、なんだろうと中に入ってみたら、Chef Jacobのレストランだというからびっくり。メニューを見せてもらうと、他のレストランでは見たことのないような珍しい料理が並んでいてさらにびっくりした思い出があります)。

2012年12月に香取薫先生がチェンナイに料理修行にいらっしゃった際には「なんとか古代料理をセッションを」とずうずうしくもいきなりメールを書いてお願いし、見も知らない日本人の熱意に驚きながらも2日の予定を組んでくださいました。そして「Akemi Demo」と私の名前を目の前でカレンダーに書き込んだわずか1週間後、突然天に還られたのです。(写真は、Jakob’s Kitchenを引き継がれたご遺族のご厚意で、シェフのオフィスに残されていたカレンダーを見せていただいた時に撮影したものです)

Jacob

Jakob’s Kitchenの壁に貼られている故Chef Jacobの写真(2012年当時)。

その日、夕方に打ち合わせ予定だったのですが、前日、シェフから直接電話があり、開店前に打ち合わせをすることになったので、時間通りに店に行くと、少し待ってほしいと言われました。プージャ(祈祷)用の道具を手に、店の至るところでお祈りを捧げています。毎日のプージャ、インドでは見慣れた光景なのですが、これまでこんなに真剣に祈りを捧げる人を目にしたことがなく、妙に心に残っていました。

その後、奥のオフィスに通されたのですが、部屋に入って驚いたのは、ヒンドゥー教の神様の絵がたくさん飾られていたこと。それまではデスクにパソコンが置かれていたのですが、その場所にも神様の絵が置かれていました。彼は前述したようにクリスチャンなのですが、ヒンドゥー教の神々も大切に信仰していたようです。

もしかすると彼は自分の運命を悟り、その魂はもう神様の近くにあったのかもしれない。あの日をことを振り返るとそう思えて仕方ありません。

『Aaha Enna Rusi』はSun TVで毎週土曜日に放映されているChef Jacobのテレビ料理番組です(現在も再放送が続いています)。キッチンを飛び出して、野外でもどこでも料理をするその気さくで型破りなスタイルが人気を呼び、私は秘かに彼のことを「南インドのジェイミー・オリバー」と呼んでいました。また24時間で485種類の料理を作ったちょっと無謀な(?!)ギネス世界記録の保持者でもあります。既に自分のレストランをオープンして超多忙だったにも関わらず、彼は新しい料理番組の撮影にも入っていました。最後にお会いした10月の終わりには、地方でのロケを終え、もうすぐ放映されるとのことで楽しみにしていました。

その忙しさの中、私たちのために時間を割いてくださるとのこと(シェフには1週間でもいいよと言われました)、しかもお金はいらないと言われたので驚きました。

「別に金儲けで君の話を受けるわけじゃない。料理への情熱、もっと言うと、君の情熱に心を動かされたんだ。彼女も僕も料理人、お互いに助け合える部分は助け合えばいい。そういうものじゃないかい?」

ただ、「もしどうしてもと言うのだったら、商売にご利益がある日本の神様がいいな 」

それが彼の唯一のリクエストでした。そう、ここでもまたしても神様。

Jakob's kitchen foodJakob’s Kitchenの料理の数々。シェフが掘り起こした珍しい南インド料理もメニューに並びます。
最後の打ち合わせの後に食べた田舎風ビリヤーニは写真右下。

打ち合わせが終わるとにこやかにシェフは言いました。

「田舎風ビリヤーニ、ごちそうするからぜひ食べていって!」

それが私が耳にした彼の最後の言葉となりました。夢にまで見た古代料理のセッションが受けられる!と舞い上がって香取先生に報告し、商売にご利益のある日本の神様はヒンドゥー教にも縁のある「七福神」に決まり、準備万端だねと話していたところ、悲しい一報が入ったのです。

彼が研究した南インドの古代料理はきちんと保存して後世に伝えるべきものです。生前、古代料理の研究について彼はこんなことを言っていました。

「学者じゃなく料理人がやることに意味があるんだ」

実際に料理を作っているからこそ見えることがあると。彼は、サンスクリット語やタミル語の学者とチームを組み、大学の図書館で古代の文献をあたり、多くの料理を復元しました。

実はチェンナイで最も人気のあるフードジャーナリストに、南インドの古代料理本の執筆を正式にお願いし、縁起の良い11月13日のディーパーヴリー(ヒンドゥー教の新年のお祝い)の日に契約書を交わす手はずも整っていたとのこと。その直前に彼は逝ってしまったのです。後日、ジャーナリスト本人が、目に涙を浮かべながら、その話をしてくれました。

私にどれだけのことができるかわかりません。でも、彼が愛したタミルの地に埋もれ忘れられつつある料理を掘り起こし、いつか彼の偉業をきちんと本にまとめるお手伝いができたら、という想いをあたためています。

彼が『Aaha Enna Rusi』で何を喋ってるのか理解したい、と今月からタミル語の学校に通いはじめたところです。

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